チャイニーズキッチン

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 24日から25日にかけての夜間もまた雨が止まず、暗闇の中、砲火と火災だけが不気味に低い雨雲を紅く染めていました

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 Ba野戦砲兵の6個中隊はこの夜、要塞の南側に対して初めて本格的な砲撃を加え、エックボルスハイム付近とオベルアウスベルジャン付近にあった残り2個中隊も要塞西地区に対し砲撃を行います

 ケールの諸砲台は、要塞東地区の城塞とシュポレン島から盛んに撃ちかける仏軍の臼砲に対して榴弾砲撃を集中し、これらを沈黙させた後、今度は焼夷弾に換えて市街地を砲撃するのでした

 ケールの砲台 独要塞砲兵が23日夜にシルティカイムからケーニヒスホーヘンにかけて築造した諸砲台は、夕刻には準備のなった第6から第13号砲台が午後8時に砲撃を開始し、以降第1と第4号が午後10時、第2,3,5号が翌25日午前3時から、と準備完了と共に続々夜間砲撃へ参加し、その一部は夜明けから夕方まで断続的に砲撃を続けました

 野戦砲兵たちも深夜、激しい火災で浮かびあがるストラスブール市街に対し、無差別に焼夷弾の雨を降らせ続けたのでした

 この猛砲撃により、市内では多くの建造物が炎に包まれ、貴重な歴史遺物や絵画、美術品を保管していたストラスブール図書館や美術館、そして新教会の聖堂も貴重品共々全焼してしまいました

ケールから「狙われた」城塞では武器庫が焼失し、多数の車輌、武器、資材装具が灰燼に帰したのでした

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 炎上する市街(エミール・シュヴァイツァー画) 短時間で大損害を受けた要塞市街では、仏の要塞砲兵が怒りに燃えていましたが、その反撃はほとんど「手探り」の状態で行われており、ケールや一部の野砲陣地以外、あてずっぽうに大よその方角へ対抗射撃を送るのみでした

これは雨天が助ける暗闇の夜間に砲撃が行われ、至近で燃える建造物の火焔で目が眩んだ仏砲兵たちは測距もままならず、包囲下で敵砲の情報(砲の種類や口径、射程など)も全く無いのでは、独砲兵に殆ど損害を与えることが出来なかったのは当たり前と言える状況だったのです

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 但し、エックボルスハイム郊外に砲列を敷いていたBa野戦砲兵重砲第4中隊だけは何故か盛んに応射され、本物の雨ばかりでなく泥を跳ね上げる榴弾の雨にも耐えながらの砲戦となりました

☆ 8月25日朝から26日朝まで 明けて25日早朝、仏軍は前夜の復讐とばかりにケーニヒスホーヘンに対し激しい攻勢を仕掛けます

 この衛星市街にはこの朝、Ba第4連隊の2個大隊が展開しており、前哨と本隊とに分かれて配置に着いていました

 この市街北にある第1号「カノン砲」砲台は、黎明午前4時から砲撃を再興しますが、これに対し要塞は猛烈な応射を行い、稜堡からはケーニヒスホーヘン東端の前哨陣地に対し激しい小銃と大口径固定銃の射撃が浴びせられました

これは塹壕の土堤を削り崩してしまうほど凄まじいもので、堪え切れなくなったBa第4連隊第7中隊の前哨は任地のサン=ガル墓地から市街西部の本陣地へと後退します

 午前9時頃、要塞から歩兵が出撃し、樹木が茂り高台となった要地サン=ガル墓地が奪還されました