スロット うち こ

スロット うち こ

仏北部軍の行軍☆ 独第一軍のアリュ流域侵攻 この明確になった脅威を受け、マントイフェル将軍は先に下された大本営の方針により「敵が大兵力を以て出撃して来た場合はこれを直ちに攻撃し排除する」ことが重要と考え、「優秀なる部下を信じてルーアンからの増援を待つことなく直ちに攻撃を行う」として、ルーアンからの増援は第二線に使用すると決するのでした

 将軍は更にラ・ヌーヴィル(アミアン東郊外

大聖堂の東南東2.4キロ)とカモン(同東3キロ)のソンム川に架かる2つの橋が修繕され渡渉可能となったことを受けて東方への進撃を計画し、独第16師団がアミアン市内及びその西郊、第15師団と騎兵第3師団がアミアンの東郊にそれぞれ集合を終えた22日の午後、攻撃命令を下すのです

あなたも好きかも:大晦日 パチンコ 愛媛
 この攻撃命令によれば、独第8軍団は12月23日午前8時に1個師団でコルビ及びアルベールへの街道(現・国道D1号線)を前進してソンム沿岸の敵を正面に牽制・拘束し、もう片方の師団でアシュー(=アン=アミエノワ

アミアンの北東26キロ)に至る街道(現・国道D919号線)を前進して敵右翼(北方)を包囲する事になります

 アミアンの守備には当初アミアン城塞守備隊(フーベルト大尉指揮

前述)がそのまま残り、市街の治安には兵站守備隊の2個中隊と、脚部の負傷等で行軍に耐えられない傷病兵からなる臨時編成の1個大隊だけが残されます

当然これだけでは不安なので、ルーアンからやって来る第1軍団の3個大隊が到着次第そのままアミアンの守備に就くことになりました

あなたも好きかも:松山 パチンコ 優良 店
 これ以外の第3旅団(擲弾兵第4連隊と第44連隊の10個中隊)、槍騎兵第5「ヴェストファーレン」連隊、野戦砲兵第1連隊の重砲第5、軽砲第6中隊、そしてルーアンから先行して鉄道で送られて来た擲弾兵第3「オストプロイセン第2」連隊の第1、2大隊(22日夕にアミアンへ到着しました)はマントイフェル将軍の直属予備部隊に指定されました

 この予備部隊もゲーベン将軍を追って直ぐに出動することとなります

この内、擲弾兵第3連隊の第1、2大隊は軽砲第6中隊と槍騎兵第5連隊の第1中隊を付されて同23日午前10時から後命があるまでラモット=ブルビエール(アミアンの東6.8キロ)付近の渡河点を守備しつつ待機に入ることとされ、その他の予備諸隊はフォン・ミルス少将の指揮下、午前11時にアミアンを出てケリューへの街道を前進することとなったのでした

 槍騎兵第5連隊を除く騎兵第3師団中、アミアンにあった槍騎兵第7連隊は同22日、ソンム下流のピキニー(アミアンの北西12.2キロ)に派遣されて警戒任務に就き、槍騎兵第14「ハノーファー第2」連隊の2個中隊もペロンヌとアム方面の監視警戒任務でショルンヌに居残ります

師団本隊はこの間もう一人の旅団長(騎兵第7旅団)伯爵フリードリヒ・ジークマル・ツー・ドーナ=シュロビッテン少将に任されますが、その手元にあったのは胸甲騎兵第8「ライン」連隊に槍騎兵第14連隊の2個中隊(計6個中隊)と野戦砲兵第7連隊の騎砲兵第1中隊だけとなりました

 また、未だ補修中で本格始動していないアミアン~ルーアン鉄道の事情により予定された歩兵6個大隊の輸送は遅れに遅れ、先の2個大隊に続いて同連隊のF大隊が23日の夕方になってようやくアミアンに到着し、続いて夜には第43「オストプロイセン第6」連隊のF大隊(第12中隊欠)も到着します

24日になって第43連隊の第12中隊、続いて同連隊第2大隊が相次いで到着しました

最後に第43連隊第1大隊が他の任務に当てられたため、第2旅団に配されていた擲弾兵第5「オストプロイセン第4」連隊の第1大隊が到着して、ようやく予定された6個大隊全てが揃ったのでした